2009-07-13

鬼灯

村雲に紛れた月の下 蟄虫どもの聲もとうに聞かない 翻した翅の下に剥き出しの腹がまるで蟋蟀(こおろぎ)の骨のように嵩張り 早秋の野辺地には紅潮した鬼灯(ほおずき)の実が提げられた 遠くの縁の奥の室より鈴聲(れいせい)が響く ガッカは太く艶やかな黒髪を頭の上に大きく束ね いつものように膝を立てて神酒を煽る 童らはめいめいに野焼きの番に熱中している 頰を火照らせ いくつもの瞳に篝(かがり)が瞬く その眼を盗んで 若い農婦たちが徐に腰を沈めてゆく 橙色に熟した実を覆う網袋の外で ガッカの仔を迎え入れるため 農婦たちは妾(わらわ)の出自 酔うたガッカは贈る名として 俄に相応しい季語が浮かべられない 果たして紅天の六角は焼失し 烟煙霧散 残り火がちらちらとその舌を揺らすのみ 童らは皆その赤い小さな火を見詰めたまま 焦った農婦の一人が奇妙な喘ぎを発し 陰画のような霹天を透かすようにして 朧月が明るさを増しはじめる 忽ち鬼灯の網袋は八切れ 堪えきれずその実は内側からぽたと弾けた ガッカは風の流れを確かに目で追うような仕草で 夫の遺影の方へ振り返った