2009-08-17

河原

蝉時雨の余韻の裡で なお樹々はその成熟した肌をいっそう濡らす 熱した石と湿った土の匂いに包まれ たしかな幅のある幹は唇で撫でると微かに粘着する 午下りの青月が向岸に浮ぶしじま 呼気や鼓動は河岸の一隅で急速に冷まされて 硬く隆起した樹皮のあいだから 少しずつ柔かな部分があらわになる 花嫁は膝を抱え 濡れた臀部の下の火照った石の硬さに俯く 枝葉はたおやかな張りを保ち 根先の繊毛は深く冷たい粘土に絡みつく 花嫁の足の間で割れた殻の田螺が干涸び その黒く酸化した螺旋の尖端が指す空には雲ひとつなく 代りに啄木鳥の瞳がまだ翅の青い一匹の蜻蛉を捉えた 花嫁は覚悟し 窓と石の庭の木々間に碑銘を刻む 信女の名 信士の名 魂魄が皆自ら向う場所 ずっしりとした懐かしい体がやって来る 花嫁は涙のように流れ注がれる樹液の身に止め処なく しかし風の音には未だ見えず 国に枕し木の実をひとつ 齧る