2008-10-28

雁月

やはりより太い線を描かなければ、成らない、というのも、老いた人にとっての当面の関心の外で、それはあまりに残酷ではないか、他人事ではないか。だが赤の他人の事ではない。であれば、子供心でしょう。なのに子供の心ではないと言う。まさかこの期に及んで子供の頃の事を言うんでもないだろが子供と老人の心の黄色い毛羽に包まれた矢先の点描で、描かれなければならなかったより太い線の事を。であるならば、雁の群れ飛ぶ群青の空の下照らしだされたその人の青白い肌の事はもう、後の世人はだれも言わない。

2008-10-17

秋から冬へ

百舌!ああすっかり今朝のわたしは、新宿の夜の森のなかを歩いていると、出くわしたのだった。ネオンと百人町の抜けるような夜空が一瞬にして開け、高崎、宇都宮、水戸、それら関東地方と、新宿歌舞伎町コマ劇場の回転舞台の軸を中心に反転してゆく、ああ中身と器の、いわば性(さが)をすっかり入れ違えてしまった男と女の百舌よ。小枝の早贄に間もなく降り積もる雪、一方に現れる星の凍える夜の海。いま、生死も男女の別もなく、生理のような朝、寒季が来る。

2008-10-13

朝のスケッチ

もう何時間も同じ場所でじぃっとして、木々の向こう、山の向こう、雲の流れるに任せた空の果てを思いやっているところに、えやっと舌を引き抜かれたような衝撃に思わず身震いする瞬間ががくんがくんと訪れたものだった。ほんのまぼろしか、それとも千切れちぎれの記憶を寄せ集めただけだったのか、そもそも山は角々しく姿を変えながら荒ぶる血を湛えながら昂るものだし、木々の根先の繊毛は風の音川の音に慰撫されて、草花は朝と夕にその身を濡らす。おれは何にも知らずにただそこに居て、ただただ流れてゆく雲と水の間にのぼせた頭と臍の辺りをひたしていただけだ。
不規則なそれら混然とした世界の息吹といえども、一つひとつ目に映る動態、一つひとつ聴こえる声部へと切り出してゆく。それらは、あるひとつの階調に沿って進み、次第に重なり、やがて大きなうねりとなる。そして頂点を超えたとき、おれの内蔵は舌とともに引き抜かれ、代わりに空っぽの風景がばしゃっと転がった。

2008-10-09

宿題(夜)

虫歯ひとつなく皺くしゃの表情をするような教師がひとりも居ない教室では、午後になると決まって塩を吹きはじめる海綿たちの様子が気になって仕方ないといった出で立ちの、ろくに英語の5、6カ国語も覚えもしないで、やれビールを出せ、株じゃなくて保険金で映画を作れと、それこそまさしく夏恒例だと言わんばかりに2、3人で平気で怒鳴り込んで来る女学生もこの頃ばかりはまばらに目につきはじめる。街は冬支度を始めたのだ。
恐らくここ数年食べつづけてきたたべ物のせいのこともあるので、私が肌着のギャザーの痒みにさえも目もくれずに手塩にかけて育てた娘たちだけには、窓口で一万円札や五千円札をぴしゃり、びしゃりと平気でやるような真似だけはさせる訳にいかず、池と砂場のある公園までの歩数を確かめるだけの間に、つまりこのぴしゃりが本当にあの重く軋んでいたはずの襖戸や障子戸がすぅっと横滑りしていく瞬間と等しい時間を持ち得た挙げ句のぴしゃりと同じかどうか訊かれてすぐに答えてやることができない。
叢に墜ちた硝子片に面映る空を見下ろし、覗き込もうとするときの、四季に向かってゆくわたしたち、人やけものや草木たち皆の心の持ちようの問題でもある。

表ではまだ微かに地虫の声が響いている。