たとえば拵えたての根菜料理を味するときの苦汁が、細菌やウイルスだのを顕微するための明暗や濃淡と同調しながら視るもの触れ得ぬものとしての根という存在をあらためて浮き彫りにしようとするときでさえも、わたしたちの末梢は傷み腫れ爛れながらも柔らかく赤らんだ生長を求め続け、時に声を発し、それを歌と呼ぶような呼吸をいとなみ続けて居もしてきたのだろう。それはまるで昼夜を徹して道化や奇術すなわち驚愕と感謝を以て為される欺術というものが今日その本来の力を喪いかけてふうじゃ、ふうじゃと野邊にあらわれ溢れ留まり常世の逢瀬を念って成仏できない女の幽霊たちが厳しく咳き込んでいるようなものに思われもし冬の寒さは風邪がからだからいっこうに出て往こうとしない、きっとおれなんぞはとうに取り憑かれちまっていたにちがいない。そう言えばいつか見た峯に立つ枯れた標木のうえにこそ白くて寂しい冬は在ったな、と思いつつ、いつもより早めの帰宅をした。