2010-04-28

芳香

水辺に咲く花の中の小さな顔や眼差しは
ひねもす見詰めている
風がすり抜けてゆく視線の先を
一輪とも大輪ともつかぬその花の前で
岩肌のざらついた嘗ての灼熱の名残が
一斉に海を目指した軌跡として貫通する
傾斜を遡行する
一艘の舟
そのとき確かに景色は移ろいだ
垣間みる
膝折り列なる懐かしい女系の一族
地に在って空を臨み剣の峰にその身を窶す
初めに涙あり
次に笑いや叫びがあり
叫ぶものすべてのむねぬちを
そのふるえるいのちのひとふしをつらぬく誉れ
再び雁の群れが還る月の夜に
南より来た花婿を迎えに出野する
いよいよ月は夜空に冴えわたり
やわらかな風に娘たちの豊かな黒髪はそよぐ
花の中の小さな顔は今夜露にかがやき
還らぬ時間を押し戻そうとして芳香する